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no.5 部屋を庭にするただひとつの方法

最小限の行使によって、最大限を獲得せよ。 (バックミンスター・フラー)

約500万年前、アフリカの森からサバンナへと旅立った勇敢な猿人達は後に「人類」と呼ばれることになりました。その更に遥か数百年前から、僕らのご先祖様達は計り知れない長い時間を森の中で植物に囲まれ暮らしてきました。だから僕らが自然から遠ざかることによって大きなストレスを感じるのは無理もありません。森から旅立った人類が大昔から抱え続けてきたホームシック問題は、現代でも相変わらずあらゆるメディアを賑わせています。

しかしたとえどんなに自然が恋しくとも、そのために森へ引き返すひとはいません。加速する都市化と悠久のホームシックとの狭間で苦しみ続けたご先祖様達は、知恵を絞りに絞ってついには「庭」という解決策を発明しました。庭は都市化の副産物として産声を上げ、都市において自然を知覚する唯一の手段として不動の地位を確固たるものとします。古今東西、都市あるところには必ず庭があってひとを慰めてきました。

僕はこれまで、仕事でも趣味でも沢山の植物に関わり沢山の庭を見てきました。言うに及ばず庭が大好きなので、国内外の知らない街に行くと必ず評判の良い庭に立ち寄ります。素敵な庭に出会うたび、庭をもっと身近に出来たらいいのになあと思うんです。とかく高尚になりがちな「庭」のハードルをもっと下げることが出来たらどんなに素敵なことだろうと。「庭が嫌いだ」というひとには未だかつて会ったことがありません。庭のハードルが下がれば、多くのひとにとって植物がもっと身近になるのかもしれません。

ではそもそもどこからどこまでを「庭」と呼ぶんでしょうか?バロック式庭園の様に壮大なものから、小さなものなら坪庭まで。枯山水ともなれば植物が殆ど無いことだってあります。里山はぎりぎり庭と呼べそうですが、大事に育てたひと鉢を愛でるためのベランダは庭と呼べないんでしょうか?21世紀の救世主との呼び声高き「庭」なんですがその実体は意外とはっきりしません。

規模の問題ではなさそうだし、植物の量もそんなに重要ではなさそうです。とはいえ未踏のジャングルでは勿論だめで、掘れば掘るほど境界が曖昧になって行きます。そこで僕は、やや大括りではありますが「庭とは自然と人為が調和した空間である」という仮説を立ててみることにしました。とりあえずそこが上手くいってない庭にお目にかかったことはありません。この仮説をもとにブレイクスルーを試みてみましょう。

特に一見重要に思える植物の量についても仮説を踏まえると揺らいでいきそうです。例えば間伐したり剪定したり掃除をしたり、自然の中に人が歩み寄ることはつまり植物の量を減らすことです。人為による余白あってこその庭なわけで緑視率100%では庭に成りえません。図と地の関係のように実は余白の方が重要だったみたいですね。やっぱり植物の量の問題ではなさそうです。

更にいうと、屋内か屋外なのかすらも問題ではないのかもしれません。つい屋外であることを前提にしてしまいがちですが、屋内庭園というのも歴然と存在します。都市において屋外に潤沢な空間を設けるのは非常にハードルが高いですが、家の中にまで拡張可能だとしたら庭はもっと身近になりますよね。ひょっとしたら僕らは家の中を見落としていたのかもしれません。むしろインドアにこそ大きな可能性がある様な気もしてきました。部屋は「庭」にならないんでしょうか?

「庭とは自然と人為が調和した空間」だとしたら、植物は屋内にあっても活き活きと自然な状態であればそれでいいのかもしれません。つまり「空間に植物を活ける」ことが庭の本質なのではないか。規模も量も場所だって全く関係のないところに「庭」は宿るのかもしれません。

では空間に植物を活けるとはどういうことなんでしょうか?前回のブログで、花を花瓶に活ける様に植物を鉢に活ける「いけばち」という概念を考えてみました。それは「もとからこうだったんではないか?」と思える必然性あるいは原形性が重要でした。同様に「もとからそこにあったのではないか?」と思える程に自然なことが重要なんでしょう。空間に植物を活けるには「そこに置く」のではなく「そこに植える」意識を大事にしてみましょう。

ようやくシンプルな答えが見えてきました。それはもう本当に当たり前なんですが 「愛でる」 ということが結局は一番大事なんだと僕は思います。こんな当たり前のことなんですが意外に出来ていないものです。僕だって空間の死角を埋めるためにとりあえず植物を置いたりしてしまいがちです。愛でるといっても方法は様々です。例えばまずは植物中心にインテリアを考えてみてください。思い切って空間の中心に置いてみるだけでもガラリと雰囲気は変わります。

それは必ずしもそんなに大掛かりでなくてもいいんです。今までより少しだけでいいから優先順位をあげてみてください。植物の意思を尊重し空間のなかで大事に扱ってあげることで自然に活き活きとしてきます。ただ単に沢山の植物を置くことだけが愛情ではありません。大切に愛でてあげるならば小さなひと鉢だけでも充分なんだと思います。

どんな植物も、たったひと鉢の植物だって充分な力を持っています。しかし慌ただしい日常に追われる僕らは、自然界の力を知覚するセンサーが弱っているのかもしれません。だから西洋の空間恐怖の様に画一な「緑」として植物を埋め尽くすことでしか充足を得られないのだとしたら残念なことです。広大な空間にその辺で適当に買ってきた植物をいっぱい並べてその世話すらも人任せ、そんな事をいくらやってもそこは「庭」になりません。しかしどんなに小さなリビングだって、ひと鉢を愛おしみながら育ててあげればそこは「庭」と呼べるのかもしれません。

20世紀を代表する偉大な科学者でありデザイナーでもあったバックミンスター・フラーは、最小で最大の価値を獲得することの重要性を説きました。繰り返しますが「活ける」とは価値の最大化に他なりません。花を花瓶に活ける様に植物を空間に活けることは、その空間をも活かすことに繋がるでしょう。そのたったひとつの小さな行為で、どこにでも誰にでも「庭」を作ることが出来たら素敵ですね。

text by nobuaki kawahara

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no.4「いけばち」のすすめ

花は野にあるように。(千利休)

今から約30年前、日本では「第一次観葉植物ブーム」が巻き起こっていました。バブル景気に沸き立つ最中、衣食住の欲求の階段を駆け上がったその先により良い暮らしの象徴として、植物が脚光を浴びることなりました。いわゆる「インドアグリーン」なる単語が生まれたのもこの頃です。しかしそのブームも長続きすることなく下火になり、バブル崩壊と共に綺麗さっぱり鎮火し、残ったものは疲弊した産地と花屋さんの在庫だけでした。

それから30年の時を経た現代は「第二次観葉植物ブーム」と後世に呼ばれることになるでしょう。近頃は書店を覗けばライフスタイル誌は勿論、女性誌に至るまで「植物特集」の見出しを目にしない日はありませんね。エコの追い風を受けた現代のあらゆるメディアにおいて、訴求の要であることは誰の目にも明らかです。

そんな最近の風潮をとても喜ばしく思うと同時に、またしてもブームとして流れいってしまう前にそれらが文化として定着し、当たり前のことになって欲しいと心から願っています。植物をファッション的に消費することを否定はしませんが、計画的陳腐化に飲み込まれないための自己防衛は必要です。つまり、日本人は植物リテラシーをもっと向上させる必要があると思うんです。

ブームが手伝ってここ数年で情報とインフラが急激に発達し、普通のものから変わったものまで幅広い種類の植物を入手することは誰もが簡単に出来る様になりました。しかしそれとは対照的に「扱い方」に関する情報は明らかに不足しています。そこで、どうやったらリテラシーが上がるのかを僕なりに考えてみたのが「植物の扱い方をお作法として確立してみようじゃないか」ということです。そして、その思考実験を多いに助けてくれたのは今回もまた「活ける」という思想でした。

今まで植物は「植える」ものであって「活ける」という考え方はありませんでした。お花を活けるという考えはあるのに、どうして植物を活けるという考えには至らなかったんでしょうか。いけばなの様に「観葉植物や多肉植物を活ける」とはどうゆうことなんだろうか? 花を花瓶に活ける様に、植物を鉢に活ける。そのお作法を「いけばち」と呼んでみることにしてみましょう。

繰り返し述べていますが「活ける」は限りなく「最適化」と同義です。そう考えると「活ける」はお花を水につけるという行為だけに特定されるものではなさそうですね。その対象を観葉植物や多肉植物まで広げてみると何が起こるんでしょうか?

もし今ここに、植物と鉢があり「それをそこに活けてください」と言われたら、ただポイッといれて終わりではなくあらゆることに慎重になるのではないでしょうか。「少し傾けた方がいい顔してるかも?」「こっちの向きの方が綺麗かな?」以前よりも少し解像度をあげて今まで気にしなかった些細なことにまで思いを巡らせることでしょう。

少し大袈裟かもしれませんが、ひとつのプロダクトをデザインするようなことだと思っています。「もとからこうだったのではないか?」と思える必然性を追求するんです。まずは、あたかもそこから生えて来たかのような器との調和を目指します。そこで拠り所になるのは自生地を思い浮かべることです。例えばその環境に良く似た素材感の器に据えることは、植物との調和における正攻法のひとつです。

そして次に、より自然らしい姿を目指すことです。あるがままを美化し何もしないことは簡単ですが、素材の良さを「活かした」とは言えません。あえて少し傾けてみたり僅かに剪定をすることでしか見えこない良さが、どの植物にも必ず潜んでいます。人の業が前に出過ぎず、植物がより自然らしくあるような最適な状態を思い描くこと、すると次第に収まるべき所が見えてきます。

「活ける」という響きに触れたとき、何か特別な敬意が心に沸き起こる筈です。行為はそれに従うままに任せればいい。そうした意識の集積によって不思議と細部が輝き、より活き活きとした佇まいを見つけることが出来るんです。花を花瓶に活ける様に、植物を鉢に活ける。そんな、植物の新しいお作法として「いけばち」をこれからも追求してみようと思います。

千利休は利休七則のなかで「花は野にあるように」と記しました。この言葉の奥深さは「あるがままに」ではなく「あるように」と言っているところです。つまり利休的植物哲学は「自然の再現」ではなく「自然の最適化」であると、僕は解釈しています。もし利休の生きた室町時代に観葉植物ブームが訪れていたら「いけばち」はもう存在していたのかもしれませんね。

text by nobuaki kawahara

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no.3 続・日本が500年前に気付いてしまったこと

事象の由来を知ることはそれを説明する最良の手段である。(ゲーテ)

「活ける」とは、植物を単に花瓶に挿すことではなく、はたまた自由な創作でもなく、植物の最適化であるというのは前述によるところです。それは、これからの社会で自然との正しい付き合い方の一助になることを僕は期待しています。

更に同じく前述のとおり、僕はデザインの可能性もとても信じています。デザインは単なる装飾のことではなく、ある問題に直面したときそれを最適化し解決に導くこと。それは言わば生存本能のような叡智であって、造形的領域の専売特許だったのは一昔前の話です。植物業界を筆頭に、一部で根強い誤解があることは未だ残念でなりません。

(以下wikipediaより抜粋)
「デザインの語源はデッサン(dessin)と同じく、“計画を記号に表す”という意味のラテン語designareである。つまりデザインとは、ある問題を解決するために思考・概念の組み立てを行い、それを様々な媒体に応じて表現することと解される。日本では図案・意匠などと訳されて、単に表面を飾り立てることによって美しくみせる行為と解されるような社会的風潮もあったが、最近では語源の意味が広く理解・認識されつつある。」

そんな長めの前置きはさておいて、実はある興味深い相関性に気が付いたんです。それは、僕の大好きな両者がとてもよく似ているということ。「活ける」という思想は、対象の最適化という意味においてデザインとほぼ同義語だといえます。「活ける」という言葉を丁寧に咀嚼してみると、ほぼデザインそのものだと思うんです。

僕は昔から、素晴らしいプロダクトを見るにつけ「素材を活けているなあ」という感覚がありました。特に木工の場合、相手が木という植物だけに他人事とは思えない悔しさがある。この人がいけばなやったらさぞ上手いんだろうなんて妄想してみたり、もはやこれはいけばなと呼んでもいいのではと思ってみたり。

例えば、トーネットは木を活けているし、グローボールは硝子を活けているし、パントンチェアはプラスチックを活けているし、ブロイヤーはスチールパイプを活けているなあと、僕には感じます。いわゆる名作家具は、素材の成りたい形に対して素直なものがとても多いなあと思います。

「活ける」とは、正に命を宿すことです。それは素材の声を聞くことから始まります。素材の声に素直になり丁寧に矛盾を整理していくことで破綻を逃れていく。真に活かされたものというのはそこに破綻なき生命感があるからこそ美しい。物事の在るべき姿を見つけることを「デザイン」と呼ぶならば、それを「活ける」と言い換えても同義だろうと思います。

モダニズム近辺(20世紀初頭)をデザインの発生と仮定するならば、「活ける」はそれより約400年前(15世紀中期)に誕生しました。バウハウス初代校長のグロピウスがル・コルビュジェに宛てた手紙の中には「我々の抱くモダニズムの理想は日本が数百年前に既に到達していた…」とあるそうです。また、フランク・ロイド・ライトも自伝の中で同様な衝撃を告白しています。

日本はデザインという概念が生まれる遥か前から、いけばなという文脈を通じて最適化に気付き運用していました。更に時間を戻れば自然信仰からくる万物への畏敬の念が根底になりますが「活ける」という言葉になってはじめて思想として結実しそれが最終的にいけばなという形に現れたとき、最適化によって課題が解けていくことに気が付いたのかもしれません。

日本の伝統建築が近代建築誕生の礎となった様に「活ける」という思想がデザインの発生になんらかの影響を与えていたのではないか?いけばなとデザインをこよなく愛する僕としてはそんなことを妄想してニヤニヤしたりしています。しかし冒頭の通り、日本ではとかくデザインという響きに誤解がつきものです。ならば我々に馴染み深い「活ける」という思想をもってその誤解を解いてはいけないものか、模索してみることにしましょう。

text by nobuaki kawahara

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no.2 日本が500年前に気付いてしまったこと

自分が独創的だと思うのは、我々が何も知らないからである。(ゲーテ)

「もったいない」という言葉は英語にすることが出来ない日本語の一つです。ノーベル平和賞を受賞したケニア人女性のワンガリ・マータイさんが「MOTTAINAI」として提唱したことは記憶に新しいところです。日本独自の感性はガラパゴス的過ぎるあまりに世界共通語では語れないアイデアを良くも悪くも沢山生み出しました。

植物業界でも例に漏れず、今から約500年前に素晴らしいアイデアが誕生しました。日本を語る上で外せない文化のひとつ「いけばな」です。皆さんはいけばなと聞いてどんなイメージを思い浮かべますか?世代によってイメージの相違はありそうですが、団塊世代以降の方々の共通認識は「植物を用いて自己の感性を表現すること」という所でしょう。果たして、いけばな=アート(自己表現)なんでしょうか?

今から約500年前、時は室町時代。京都六角堂の僧侶であった池坊専慶を開祖とする日本最古のいけばな流派「池坊」が誕生しました。池坊により生み出された「いけばな」とは文字通り、花を活かすこと。つまり、植物の最適な姿を導き出すことでした。作者の個性や奇をてらった表現とは対極に、素材の要求に対する素直さが最も優先されるべきことだったのです。料理で例えるならば寿司の様なものだったわけです。

いけばなは僧侶による供花としてはじまり、床の間を備えた書院造りの出現により定位置を得て室内の設えとしての地位を確固たるものとします。そして戦国時代を背景に、精神修養を目的とした武士の嗜み事の一つとして武家社会にも深く根を下ろし江戸時代に隆盛を極めます。切り取られ死へと向かう花と対峙し如何に活かすかを知る。戦乱の時代にいけばなの思想が武家社会にも支持されたのは大変興味深いですね。

そして更に時代は流れ、明治維新と二度の大戦を経て日本にも安定が訪れるといけばなをとりまく状況も一変していきます。床の間にあることを前提とした花型は古典花と呼ばれる様になり、現代の空間に適した型として生け手の自由な感性によって作られる「自由花」が各流派によって考案され、本来の概念は徐々に影を潜めていきます。そうして「アートとしてのいけばな」というイメージが形作られてゆき、今日に至ります。

いけばなの持つアートとしての側面は疑う余地もありません。特に自由花で最もよく知られる草月流創始者の勅使河原蒼風は、その前衛的な作風が没後もなお世界中で賞賛を浴び続けているスーパースターです。同時代を生きたダリやピカソと肩を並べた日本人アーティストとしての功績は計り知れません。しかし戦後60年のアートとしての功績も、いけばな500年の歴史からみると「側面」と言わざるをえないのは前述によるところです。

僕の実家は1919年創業のいけばな花材専門店です。約一世紀に渡り、池坊・草月流を筆頭に様々な流派の皆様を黒子としてお手伝いをさせて頂いてきました。流派の分け隔てなく裏方的にお手伝いをさせて頂いたことで、いけばなへの俯瞰した視点を得えたことは僕の貴重な財産となっています。アートとしてのいけばなも勿論大好きなんですが、僕個人としてはいけばな発祥当時のピュアな思想にとても興味を持っています。特に相手が植物という完成された素材だからこそ、作者の独創性に引き寄せるのではなく既にそこにある植物の個性を見いだし最大化することに大きな可能性を感じます。

「いけばな」は「もったいない」と同様、本質的に英訳することが非常に困難です。特にそのハードルを一段と上げているのが「活ける」という思想です。無理やり訳するならば “make it appropreate (適切に行う) ” あたりでしょうが、どうにも畏敬の念が込められず的を得ません。そこにはやはり宗教観の違いに端を発する自然観の違いが大きく立ちはだかっています。自然の神格化が根底にあるアニミズムを欧米でも真に理解してもらうには中々骨を折りそうです。

しかし、だからこそ大きな可能性を感じているんです。繰り返しますが「活ける」は植物の最適化に他なりません。また、知覚心理学者ギブソンの提唱するアフォーダンスにも非常に密接な思想だと僕は考えています。それはまるで合気道のように、相手を許容し主従逆転した時にのみ訪れます。やや過大解釈してみると「自然との正しい付き合いかた」とも言えそうです。「活ける」は自然とのチームワークなくして達成することが出来ません。

20世紀に人類を大きく前進させたかに見えた欧米型資本主義は大量生産・大量消費によって真逆の結果を産み、自然と人類の間に埋め難い大きな溝を作ってしまいました。これからはアジアの時代だ、なんて方々でよく言われますね。僕は環境問題においても、アニミズムを根本にもつ東洋思想がこれからの世界を牽引していくと信じています。そしてそれには「活ける」いう思想が一役かってくれることでしょう。

text by nobuaki kawahara

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no.1「植物の最適化」って何?

デザインを言葉にすることはもうひとつのデザインである。(原研哉)

「デザイン」という言葉ほど多様な解釈も持つ言葉は本当に珍しいなあ、と常々思ってしまいます。これ程までに人によって解釈が異なり、にも関わらず方々で乱用される言葉を他にあげるのは中々難しいでしょう。デザインとは何か?そんなものは不毛な議論だと一笑に付す方もいるかもしれません。しかし「デザイナー」の肩書きを名乗る以上、自分の職業を説明する言葉は必要だろうと僕は思っています。

冒頭の言葉は原研哉さんのあまりに有名すぎる著作「デザインのデザイン」冒頭の一節です。僕がこの本に出会ったのは植物の専門学校を卒業したばかりの頃、デザイン探求に命を掛けていた20歳くらいの時でした。あるとき書店でたまたまこの本に目がとまりました。帯文は深澤直人さんによる「デザインをわかりたい人達へ、そんな人達はこの本を読めばいい。」の一文。光の速さで購入したことを今でもよく覚えています。

詳細は本書に譲りますが、誤解を恐れずに大胆に要約すると「デザインとは問題解決である」ということ。とかくデザインは外側を装うものと捉えられがちですがそれは違う。装飾は装飾が目的ですが、デザインの目的は最適化にある。デザインは最適化を追求した結果、装飾に至る場合もあるかもしれない。しかしそれはあくまでも結果であって目的ではない。

何を隠そうこの本に出会うまでの僕は、デザインとは装飾の事であると信じて疑ったことはありませんでした。植物業界では、学校でも職場でも「デザイン=装飾」の方程式は絶対的不文律であって、そこに ≠ を突き付けられたのはまさかの青天の霹靂だったのです。しかしそれからというもの、うっかりパンドラの箱を空けてしまった苦しみはそこそこに、悶々としていたデザインへの想いは以前よりもくっきりと晴れ渡っていきました。

デザインは物事の最適解を探し問題解決を図ろうとする姿勢そのもの。一流のデザインの現場ではもはや疑う余地の無い大前提でしょう。それを自身のキャリアの中でも割と早い駆け出しの時期に理解出来た事はとてもラッキーなことでした。更にラッキーだったのは、正しいデザインのフィルターを通して植物を見ている人が植物業界にはまだいなかったということです。

つまり、植物は有志以来デザインされてきていない。 ( 装飾はされてきていたけれど ) それは若き日の僕にとって驚愕の事実でした。そうして僕の活動の根幹は必然的に決まりました。

ひととき前から続いているデザイン思考ブームとも呼べる潮流は、クリエイティブ業界に留まらずビジネスや教育などあらゆる業界を駆け巡りました。(一部では相変わらず誤解もあったりしながら)今やあらゆる業界でデザインが正しく装着されはじめ、緩やではあっても確実に最適化に向かっていると思います。植物業界という外の世界から社会を眺めているととても強く感じます。今後も、社会は間違いなくデザインの力でより良くなっていく。

翻って、植物業界では洋の東西を問わず「デザイン=装飾」という誤翻訳が未だに根強くあります。まさに言語が違うわけですからこれでは社会と上手くコミュニケーションできる訳がない。僕は、植物はもっともっと社会により良くコミット出来る筈はずだと人一倍憤っているつもりです。

社会で機能していくために、植物はこれからどうデザインされていくべきなのか?残念ながら、いま僕自身も暗中模索で明確な答えを持ち合わせているわけではありません。むしろ、黎明期に答えを焦る必要はないとすら思っています。ただ一つ僕が辿り着いたのは「植物の最適化」というキーワードの中には何かありそうだということ。しばらくはそれを問い続けてみることにしましょう。

text by nobuaki kawahara